山塔関連エントリー
蛭ヶ岳・丹沢山・塔ノ岳・鍋割山 2005.06.18-19(2日目)
... ■丹沢山・塔ノ岳 蛭ヶ岳→丹沢山を歩くのも初めてです。少々曇ってはいるが、塔ノ岳がきれいに見え、眺めがすごくいいコースです。今朝、みやま山荘や尊仏山荘を出た人たちだろうか、蛭ヶ岳に向かう方が結構いました。 ...

[山] 塔ノ岳の牡鹿
朝6:00に家を出たのに、 丹沢 の主峰・塔ノ岳の登り口である 大倉 に着いたのは10:30! 首都高速 に2時間、 東名 に2時間費やす大 渋滞 。 大倉 に着いたら着いたで、空模様があやしい。 どんよりとした灰色のガスが山全体を覆っている。 ...
![[山] 塔ノ岳の牡鹿](http://www.gahagahautsukushigahara.com/styles/images/more.jpg)
ヤマトウバナ ( 山塔花 )
※ シソ科 トウバナ属 ※ 花期 : 6~7月 ※ 山地の木陰に生える多年草 2007/06/27 撮影 2006/07/29 撮影 Tags: 撮影6月 撮影7月

檜洞丸、蛭ヶ岳、丹沢山、塔ノ岳(転倒して体ボロボロ)
天気予報では晴れでした。期待していったら外しやがった。富士山期待してました。 西丹沢から大倉まで、お手頃な 日帰り 縦走コースなのですが、この時期は日が短い。 なるべくライト使わずにすみたいと頑張って歩いていたら最後の最後で怪我しちゃいました。 ...

蛭ヶ岳・丹沢山・塔ノ岳・鍋割山 2005.06.18-19(1日目)
小屋泊にて蛭ヶ岳に行きました。蛭ヶ岳の「ひる」の由来は? コース: 西丹沢自然教室→ゴーラ沢出合→展望園地→石棚山稜分岐→檜洞丸→金山谷乗越→臼ヶ岳→蛭ヶ岳→蛭ヶ岳山荘(宿泊) 蛭ヶ岳→棚沢ノ頭→丹沢山→竜ヶ馬場→塔ノ ...

山塔旅行記
銀山塔林(by dazhaoさん)
銀山塔林へ行って来ました。
バス345快に乗って昌平南大街で下車、ここからミニバス昌31路に乗り換えて約1時間で到着しました。ミニバスは1時間に1本走っているそうです。
京都紅葉漫ろ歩き 5 天授庵から南禅寺周辺〜(by jyugonさん)
無隣庵から南禅寺の塔頭天授庵を訪れました。
天授庵は思いのほか色付いていまして沢山ではありませんが次々と訪れる人が絶えませんでした。
黄昏時の南禅寺境内を散策し、ほっこりとした午後となりました。
天授庵
庭が美しい天授庵は、臨済宗南禅寺の塔頭。暦応2年(1339)、南禅寺の第15世であった虎関師錬が、南禅寺を開山した無関普門(むかんふもん)を祀る開山塔を建立を願い出た折に、その庵として創建された。
応仁の乱で焼失したが、慶長7年(1602)、細川幽斎に再建された。さつきの刈り込みが美しい枯山水の東庭、南北朝時代の古庭の味わいをもつ池泉回遊式の南庭がある。
拝観時間 9:00〜17:00(冬期16:30)
●拝観料 400円
●【秋のライトアップ】
2008年11月15日(土)〜11月30日(日)
17:30〜21:00
大人500円
京都漫ろ歩き〜 雨の相国寺へ(by jyugonさん)
天気予報通り今日は1日雨模様です。
雨でも大丈夫な所でお庭がいい所はないかな?
そうだ、実相院へいこう〜と決まりいざ出発。
雨の実相院は紅葉前と言う事もありますが、ことのほか静かでした。
実相院を楽しんだ後は、ご近所にはなるけれど久しぶりに相国寺に行ってみましょかという事で小雨降る相国寺を訪れました。
相国寺は、室町幕府三代将軍の足利義満が、後小松天皇の勅命をうけて、約10年の歳月を費やし、明徳3年(1392)に完成した広大な寺院です。夢窓国師を開祖として建立された相国寺は京都五山の上位にも列せられています。その後、応仁の乱の戦火によって諸堂は焼失してしまいますが、そのような度重なる災禍にも関わらずに、多くの高僧を輩出し、室町時代の禅文化の発展に大きく貢献しました。戦国時代に入ると、豊臣家の庇護を受け、慶長10年(1605)には豊臣秀頼が現在の法堂を建立しました。また、徳川家康も三門を寄進するなど他の建造物も再建されていきましたが、天明の大火によって、法堂や浴室、一部の塔頭などを除いてすべて焼失してしまいます。
しかし、文化4年(1807)に桃園天皇の皇后である恭礼門院の旧殿を賜わった際、それを開山塔として再度建立、方丈や庫裏も完備した旧観の壮大さが甦りました。現在は金閣寺(鹿苑寺)や銀閣寺(慈照寺)をはじめとして、約90の寺を擁する臨済宗相国寺派の大本山です。
「秋の特別公開」
方丈 襖絵 裏方丈庭園
法堂 重要文化財 本尊釈迦如来像 鳴き龍
浴室 宣明と称し平成14年6月に復元修復されたもの
期 間 平成20年9月15日(月)〜 平成20年12月8日(月)
※但し拝観除外日 9月20日〜23日 10月19日〜21日 1月4日〜6日
拝観時間
午前10:00 〜 午後4:00
午後4:00受付終了 午後4:30閉門
特別参拝料
一般 800円
65歳以上・中高生 700円
小学生 400円
身体障害者及介護者1名まで 無料
京都漫ろ歩き〜 南禅寺塔頭・天授庵へ(by jyugonさん)
土曜日の午後3時頃から時間が出来たので
ちょっとどこかに行こうと言うので、ここだけならいけるかなと…
南禅寺の塔頭天授庵を訪れました。言わずと知れたこちらも名庭です。
庭が美しい天授庵は、臨済宗南禅寺の塔頭。
暦応2年(1339)、南禅寺の第15世であった虎関師錬が、
南禅寺を開山した無関普門(むかんふもん)を祀る開山塔を建立を願い出た折に、
その庵として創建された。
応仁の乱で焼失したが、慶長7年(1602)、細川幽斎に再建された。
さつきの刈り込みが美しい枯山水の東庭、南北朝時代の古庭の味わいをもつ池泉回遊式の南庭がある。
幽斎と夫人の画像や長谷川等伯筆と伝わる襖絵もあるが、通常は非公開。
拝観時間 9:00〜17:00(冬期16:30)
拝観料 400円
【秋のライトアップ情報】
2008年11月15日(土)〜11月30日(日)
17:30〜21:00
拝観料 大人500円
中国旅行記10(8):9月24日(1)(by 旅人のくまさんさん)
<2006年9月24日(日)>
この日は8時30分のホテル出発でしたが、5時半にAU携帯の目覚ましをかけ、早朝の散歩を楽しみました。しかし、五台山の銀路山荘付近に散歩道らしいものは無く、自動車道路ばかりでした。早々に散歩を切り上げました。木々は黄葉し、それだけは見応えがありました。
<五台山のホテル>
今回の旅行で、一番心配されたのが、五台山のホテルの設備でした。観光地としては、古くから有名ですが、海外からの観光客受け入れが遅れているようでした。そんなことで、ホテル紹介は省略です。予想していたレベルで、大きくそれを下回ることもありませんでした。
<五台山・菩薩頂>
先にインターネットに紹介されていた中国語のホームページから紹介します。上海、香港などに支店を持つ旅行社のようです。手元のガイドブックより、かなり詳しく載っていました。その文章の一部です。
「在五台山靈鷲峰上,相傳菩薩頂為文殊居處,故又名真容院,亦稱文殊寺。創建于北魏■;代重修,明永樂以後,蒙藏教徒進駐五台山,大喇嘛居于菩薩頂,于是菩薩頂成了五台山■;廟之首。清康熙、乾隆二帝幾次朝拜五台山,在菩薩頂住宿,並撰寫碑文,在東院過廳和後院,有兩座漢白玉四■;柱碑,碑身四面分別刻有漢、蒙、滿、藏四種文字所書的碑文,均為康熙帝手書。現存建築多建于清代,建築形制、手法及雕刻藝術,多參照皇宮」
私は、漢文が読めませんので、単語の拾い読みで内容を想定してみました。「(菩薩頂は)五台山の峰にあり、文殊(菩薩)により、菩薩頂と呼ばれ、古名は「真容院」、あるいは「文殊寺」。創建は北魏、その後何度も修復され、明の永楽の時、五台山へチベット仏教が入り、「菩薩頂」となり、五台山の黄廟(ラマ寺院?)の最高位になった。清朝の康熙、乾隆の二帝の時、何度か五台山を参拝され、菩薩頂に泊まられた。その時の碑文が東院の後ろの後院にあり、(中略)漢、蒙古、満州及びチベット語で記されている。(後略)」といったところでしょうか。余り当てにならない勝手訳です。確かに四つの言葉で書かれた石碑がありました。
<次のお寺へ、その前に休憩>
菩薩頂から次の顕通寺に向かう途中で、小休止となりました。その中間地点に休憩所があり、お土産の品を売っていたからです。私も、ここで小さな買い物をしました。手首に着けるブレスレットです。地元で採れる木や木の実を使った品があったためです。
買い求めたのは、薄い茶色に濃い斑点が入ったものと、濃い茶色の品でした。手帳に書きとめた材料は、濃い斑点の品が「菩提樹」、濃い茶色が「六道樹」でした。ところが、六道樹の方は、汗ですぐに色落ちしてしまいました。色落ちした後に、薄く6本の筋が入っていましたから、材料そのものは違っていませんでした。
<五台山・顕通寺>
先にインターネットに紹介されていた中国語のホームページから紹介します。菩薩頂の説明と同じ出典です。
「是五台山規模最大、■;史最悠久的一座寺院,俗稱“祖寺”。全寺占地面積43700平方米,現有大小房屋400多間,大多為明、清時期的建築。它和洛陽的白馬寺同為中國最早的寺廟」(携程旅行)
やはり、単語の拾い読みで、内容を推察してみます。「(顕通寺は、)五台山の中で最も古く、規模も最大、俗称を『祖寺』。敷地は4万3千平方メートル余、大小400の部屋数を持ち、その大部分は明と清朝時代に建築された。『它和洛陽』の白馬寺と同じ時代の、中国でも最も古い寺院です」と言ったところでしょうか。
手元のガイドブックには、国の重要文化財に指定されていることが記されていました。余り広く感じない境内ですが、これは建築物が密集しているためかも知れません。その境内に則天武后の無字碑がありました。西安の大きな無字碑と比べると、2回り以上小さいものです。西安では功績が書ききれずに無字碑になったとされますが、こちらは書ききれなかった罪過を示すようです。そのために小振りとなっています。
<五台山塔院寺>
塔院寺も、先に中国語で書かれた現地の案内文を紹介します。
■;有五台山的標志性建築一大白塔,塔高約50米,通體潔白,塔頂上懸有兩百多個銅鈴,聲音清脆?耳。在白塔的東邊還有一座小白塔,相傳此塔■;藏有文殊菩薩顯聖時遺留的金發,所以又稱文殊發塔。藏經閣在大白塔北側,是一座木結構建築■;有用漢,蒙,藏多種文字所寫的經書兩萬多冊,其中宋至清乾隆年間兩千多冊經卷為善本」(携程旅行)
文字を拾うだけで、高さ50m、五台山のシンボル的建築である事や、塔頂に多数の堂鈴が懸かり、文殊菩薩が祀られていることなどが読み取れます。
他には、宋から清朝の乾隆帝の時代に蒐集された、漢、蒙古、チベット等の文字で記された蔵書が、万冊を超えること等が記されているようです。手元のガイドブックには、簡単なことか紹介されていませんでした。これ以外には、「4菩薩と釈迦像が祀ってある」ことや、「釈迦牟尼舎利塔」である事が紹介されているくらいでした。
シンボルタワーは、遠くからでも良く見え、その周りには沢山の回転経がありました。その回転経を回しながら一回りして、見学を終えました。
<雨の中を太原へ>
見学には有難くないことですが、この地方では、恵みの雨に違いありません。五台山の見学を終えて、次の見学地、太原へ向かう途中で、弱い雨になりました。車の中ですから、この場合は見学には差し支えありません。むしろ、埃が落ちて好都合です。
大同市から太原へ向かった時に比べ、見渡せる範囲で、緑は大分増えてきました。しかし、肥沃と言うには離れ過ぎていました。作られている作物も、玉蜀黍、高粱、向日葵など、乾燥に強いものに限られていました。ジャガイモも栽培されているようですが、確認できませんでした。
太原での晩餐会に備えて、17時の到着を目指しましたが、高速インターを降りて、太原に着いた時、丁度その時間になりました。雨は何時しか止んでいました。
<太原での晩餐会>
太原での晩餐会は、泊まったホテルとは別のホテルで行われました。やはり、孫濱先生が旅行社の夕食をキャンセルして、主宰されたようです。最初は限られた少人数のご親戚との晩餐の予定だったようですが、大テーブル2つの大宴会になっていました。
そのホテルまでは、宴会に参加されないご親戚の方の車で送って頂きました。後からお聞きしたお話では、旅行社では予約し難い、この地区で格式の高いホテルのようでした。
出席されたご親戚の方は、80歳の女性の長老を筆頭に、4歳のお子さんから中学生の方まで、非常に幅広い年代の方々でした。立ち居振る舞いで、この地区で活躍されているご家族のようにお見受けしました。中学3年生の男の子は、1年生の時に日本訪問の経験をされていました。将来、大物に成長されるような雰囲気を持ったお子さんでした。
食事の後はロビーで記念撮影をし、お開きとなりました。80歳のご長老が、平遥の孫濱先生のご生家を、水先案内されることが決まりました。
五台山、菩薩頂で
参道を下りつ拝む仏像は宗派混ざりし寺院の奥に
五台山、顕通寺で
西安の則天武后の大石碑対の無字碑も罪過記さず
五台山、塔院寺で
塔院の回転経を一回しご利益無くも罰は当たらじ